犬に似てる

「待て」はしないが「お手」はする。

手術入院もろもろ忘備録(後)

前回、バルーンカテーテルと点滴(ルートは取ったまま)から解放され、人としての何かを取り戻した私。

という書き出しで下書きに入れてはや半年くらい……ですが、何事もなかったかのように続きを書きたいと思います!(メンタル強め)

 

さて、手術後の体の弱りようは自分でも戸惑うほど。まず、起き上がれない。ベッドをギャッジアップさせ、ようやく端座位になれるという状態。やっと自分でトイレに行けるというのに、なんかもう動作ひとつひとつに時間がかかりすぎてめちゃくちゃしんどい。

完全に病人。これこそ、ザ・患者。入院計画書には、手術後1日目はベッドとトイレ間のみ歩行可能、と書かれていたが、様子を見に来た薬剤師さんに「痛み止めを飲んででも動いた方が良い。明日はぐっと楽になりますからね」と言われたため、遠慮なくロキソニンをもらい、のたのたとお茶をくみに行くなどしていた。

廊下に出ると、「な、仲間…!」という状態の女性がちらほら。

お腹をおさえながらゆっくり歩いている。その足下には弾性ソックス(術後2日目まで履くように言われている)!

(あなたも……あの地獄を乗り越えたのね…!)という勝手な仲間意識を抱き、黙ってすれ違う。

 本当のところはお話してみたかったりしたのだが、無表情で廊下を歩いている女性にいきなりナンパのような真似はできなかった…そこまでのコミュ力は…ないんだッ…!

 

とかく、コミュ力よりも何よりも落ちているのは体力のようだった。何をしても疲れる、すぐに横になりたくなる。横になったら起き上がるのがしんどいから横になりたくない。でも横にならないとしんどい、というジレンマの繰り返し。

後に聞いたところ、術後が一番しんどいそうだ。そりゃそうだ(確信)。

しんどいと言えば、食事。

食事がしんどい、食事が面倒くさいなんて、普段の私なら決してありえない。しかしありえたのだ、この術後は!

手術当日は丸一日絶食、手術翌日の昼食から食事開始というわけで、空腹ではあった。

出てきた食事は五分がゆ、ビーフシチュー、春雨のサラダ、など割とがっつりしていて驚いた。おかゆから始めると聞いていたから、おかゆに梅干し、ごはんですよくらいのものかなと思っていたのに、おかずは普通なんだ……おかゆの必要はあるのだろうか……。

右手のルートが痛いため、左手で食べる。丸一日以上何も食べていなかったし、ゆっくり食べた方がいいだろうから、こりゃいいや、一石二鳥と思っていたけど、食べるだけでも疲れてしまうので左手食べは一石三鳥くらいの効果があるような気がした。

8割ほど食べたところで、どっと疲れが出る。お腹というよりも胸が苦しい。あとから考えると手術の際にお腹を膨らませるため入れられていたガスがまだ残っていたのだと思う。これは3日目くらいまで続いて、地味につらかった(しばらく横になるとマシになる)。

ただ、痛みという点においては、術後4日目くらいでずいぶんマシになっていた。痛み止めがなくても耐えられるし、ゆっくり歩けば特に問題なさそう。鼠径部近くの二つの傷は痛みもほとんどなかったけれど、おへそがとにかく痛い。手術の手引きに「おへその近くに傷ができます」って書いてあったし、たぶんおへそのごく近くの傷がじくじくしているんだろうな、と思っていて、この痛みとはしばらくお付き合いすることになるのですが……ですが……退院して数日、傷をまじまじ見てやっと気が付いたんですけど、この「おへそあたりの傷」は本当におへそを貫通させていたんですよ!

そりゃ痛いわ、おへそが…

 

そして術後4日目、入院期間6日で退院できる運びになり、愛しの我が家へ帰宅することができたのでした。

めでたしめでたし……と、思っていました、9月までは。(不穏な空気を残してつづーーーーーく!!)(続きものにすると面倒だから、別個のエントリにします!)